滝山城は、多摩川沿いの丘陵地帯にある、曲輪や堀が何層にも重ねめぐらされた、壮大な城郭の跡です。
JR中央線、八高線、横浜線の八王子駅からバスにのって30分ほどで、バス停「滝山城址下」に到着します。
また、バス停近くに「滝山観光駐車場」ができたおかげで、自動車での訪問がしやすくなりました。「滝山観光駐車場」は、午前8時から午後6時まで(11月から2月は午後4時まで)で、29台ほど駐車できます。桜の開花時期は大変混雑するので注意するよう、八王子市HPにあります。
駐車場やバス停から滝山街道を少し東に行ったところに、滝山城跡入口の看板があって、そこから住宅街をぬける坂がそのまま城につなっがっていきます。パンフレットでは大手口と書かれていますが、「日本城郭大系」は、大手道は別の東側の道であるとしています。
道の脇には深い堀が見え、この堀が城の西側へと続きます。以前は何も書かれていなかったのですが、立ち入る人が増えたのか、近年は立入禁止の張り紙があり、立ち入ることができません。

坂をのぼりきったあたりの左手が、家臣の屋敷と言われる「小宮曲輪」です。草が伸び、分かりづらいですが、よく見ると平らな面や土塁がある様子がわかります。

小宮曲輪の道をはさんだ反対側に「三の丸」がありますが、こちらも草むらの中に雰囲気を見ることができます。滝山城では、主要な曲輪は整備されて草刈りなども行われていますが、小さな曲輪などは樹木や笹、草が生えたままのところも多くあります。そのようなところもよく見ると、平たく削られた跡や土塁などを見つけることもできます。そのようなところを見るには、冬場の草が多く枯れる季節がいいと、一般的に言われています。山城の攻城は、冬季がいいようです。
小宮曲輪の前の分かれ道を左手に進むと、小さな曲輪が重なり合ったところを通り抜け、最も北側の「山の神曲輪」につきます。民衆の避難場所と推定されています。
北側の見晴らしが良く、多摩川とその向こうの様子がよく見える場所です。


もとに戻って、小宮曲輪の前の分かれ道を右手に進むと、城の中心部へと向かいます。
パンフレットによれば、滝山城の特徴は「二の丸」の集中防御であるとされ、二の丸の3か所の出入り口それぞれに「馬出」が設けられ、敵の侵入を防ぐ堅固な構えになっているそうです。
実際に見てみると、深く刻まれた堀とそれに区切られた馬出(場所によっては一つの曲輪にも見えてしまいます)は、壮観です。
「二の丸」を重要視していたことが感じられます。

「中の丸」にはトイレや国民宿舎として使われていた建物などもあり、休憩スペースとなっています。
北側からは、多摩川方面が眼下に見渡せます。
中の丸から本丸には、引き橋がかかっていて、その先の本丸の入口が枡形虎口をきれいに残しています。敵をどう迎え撃とうとしたのかよくわかります。

本丸の南側の枡形虎口もよく残っています。

本丸の周囲を見渡すと、木々や草でよく分かりづらいのですが、いくつもの曲輪が本丸を取り囲んでいる様子が見えます。改めて、この城の守りの堅牢さを感じることができます。

本丸と中の丸の間の堀をそのまま降りていくと、ふもとの多摩川べりの運動場まで出ることができます。そこにたどり着くまでの急坂が続く様子から、城の北側が急峻な崖で形成されており、攻めづらい地形であることが改めて確認できます。降りきってしまうと、もう一度のぼるのが嫌になってしまうほどです。

滝山城は、要所要所に説明板もあって、その場所が何なのか理解の助けになります。
幾重にも重なった堀と曲輪、土塁は、壮大な「土の城」を実感させてくれます。
ただ、あまりにも広い場所に多くの曲輪などが配置されていて、それぞれの役割や仕組みを理解することはとても難しく感じています。一度にすべてを見ることも難しいです。まだ足を踏み入れていない場所もあります。
私は、訪れるたびに、発見と感動に心を動かされながら、学んでいます。
ちなみに、滝山城には、紹介した駐車場やバス停がある滝山街道側からのぼるルートや多摩川べりの運動場からのぼるルートのほかにも、攻城ルートがあるようです。
そのうちの一つ、国道16号線わきにも滝山城入口の看板があって、そこからがハイキングコースとなっています。だいぶ前になりますが、丘陵の東端のその場所から攻めたことがあります。どこからが城なんだろうとワクワクしながら歩いていくと、少しずつ眼の前に曲輪が現れ、城に近づいていることを実感しながらすすんだ思い出があります。
(写真撮影 2018.2 2012.9)
参考 パンフレット「戦国の名城(国指定史跡) 滝山城跡」 2017
児玉幸多・坪井清足監修『日本城郭大系 5」新人物往来社 1979

