大庭城

相模の城歩き

大庭城は、大庭城址公園として整備され、春には花見、また、フジ棚やバラ園などもあり、四季折々の植物が楽しめるところです。遊具も充実しており、家族連れを含め、多くの人々に親しまれているところです。

大庭城へは、JR東海道線藤沢駅や辻堂駅、小田急線湘南台駅からバスがでています。駐車場もあるので、自動車の方はそちらを利用するといいでしょう。

大庭城は、東を引地川、西を小糸川に挟まれ、それらが形成する低地に台地が突き出した、舌状台地上にあります。明治時代の地形図を見ると、低地部分は一面が田であり、東、西、南の三方が湿地帯に囲まれた場所であることがわかります。北側は丘陵が続いていたのですが、城山と呼ばれる部分を3分の2ほど残して整地されてしまいました。城址公園の北側、道路をはさんで現在大庭中学校や住宅地となっているあたりも本来は丘陵が続いていたのです。北方の「丸山」付近までが本来の城域と考えられると、「日本城郭大系」は述べています。

地理院地図

駐車場から階段を上がったところに、管理事務所があります。
管理事務所の中には、大庭城に関する歴史や発掘の様子を示すパネルが展示してあるので、見学して情報を得ておくといいでしょう。パンフレットも、こちらで配付しています。
ちなみに、駐車場から広場まで続く石垣は、後世のものです。大庭城は石垣のない「土の城」です。

管理事務所を過ぎ、坂道を上っていくと広場にでます。
眼の前に広がるのが、「三の郭」にあたります。

「三の郭」にはいくつかの段差が見られます。「日本城郭大系」は、現存する段差から「二の郭」「三の郭」ともに、さらに「いくつかの郭に分けられていた可能性がある」と述べています。

駐車場からの坂を上りきった場所から左手にすすみ、公園の最も北側が「四の郭」にあたります。
「四の郭」の北端、パーゴラの裏が柵で仕切られ、その後が崖になっていますが、本来はここから北も丘陵は続いていました。開発のために途中で削られてしまったものです。この崖は人工のものなのです。

「三の郭」から「四の郭」の境は、駐車場から坂を上った手前側、つまり西側では、一段高くなっているように見えるあたりかと考えられますが、この段差を東側にすすんでいくと、「四の郭」と「三の郭」の間に、堀の痕跡のようなものがうかがえます。これが本来の「三の郭」と「四の郭」の間にあった堀の痕跡なのかもしれません。「三の郭」、「四の郭」ともに、開発の関係もあって、本来の地形から、だいぶ変わっているようです。

「三の郭」の東端から、公園の東の出入り口に降りる道があります。そこを通ると、崖下につくられた堀なども見ることができます。また、この城が急峻な崖に囲まれている様子を改めて感じることができます。

再び丘上にもどり、「三の郭」の南側をみると、土塁が残っていることがわかります。この土塁の向こう側が、「二の郭」との間の大きな空堀になっています。
この堀と土塁は途中大きく曲がっています。堀を上って攻める敵を二方向から狙える横矢ができるような技法が使われています。

堀を横切る園路を通って、「二の郭」に出ます。
「二の郭」の東側は、バラ園や花の広場になっています。北側は、先程見た「三の郭」との間の空堀の手前に土塁が築かれています。たどっていくと、見上げるくらいに高い土塁が残っている場所があり、迫力を感じます。築城当時は、さらに高い土塁が曲輪を囲んでいたのかもしれません。

「二の郭」の西側は、遊具が置かれ、チビッコ冒険広場となっています。広場の南側に行くと、「一の郭」との間の空堀を見ることができます。
空堀をよく見ると、そのまま西に伸びており、竪堀となって崖下へ続いていく様子もわかります。

「一の郭」は、この城の最も奥にあたり、「主郭」と考えられます。
「二の郭」との堀を挟み、この城の中で最も標高の高い場所です。

左手には、発掘調査で確認された掘立柱建物址の柱穴の配列を示した石柱があります。

「一の郭」の東西の崖下をそれぞれのぞくと、腰郭か空堀と見られる遺構を見ることができます。城の守りの様子がうかがえます。

「一の郭」の最も奥に、城址をあらわす石碑が立っています。

石碑の先は、南の出入り口に繋がる道があって、降りていくと、この城の最南端部の崖下の様子を見ることができます。
「一の郭」のすぐ下に防御するための堀切が見え、さらに下っていくと、土塁に囲まれた空堀をすすむことになります。高い土塁に、堅牢な守りの様子をうかがうことができます。

南の出入り口から城外に出て、南の小糸川にかかる大庭橋の手前に、「舟地蔵」という地蔵が祀られています。
説明には、北条軍と大庭城の攻防戦の際の悲劇が語られています。城の歴史を感じる場所です。

大庭城址公園は、本来の城の北側は削られ、残った曲輪もだいぶ改変されていますが、現在は市民の憩いの場所として賑わっています。周囲をよく観察すると、高い土塁や空堀、横矢も可能な構造がうかがえ、崖下には腰郭、空堀、竪堀による堅牢な防御など、城郭としての遺構も多く残っていて、興味深い場所です。
ただ、公園のパンフレットにも、立ち入りを制限しているロープの外には危険なので絶対に出ないようにとの記述があり、その点を考慮したうえでの見学が必要であることは、言うまでもありません。

公園化され、駐車場がある大庭城のような城址は、行きやすさから、私は何度も訪れています。
現在は公園となっている場所でも、よく見るといろいろな痕跡が残っているものです。現存する遺構から、当時の姿を想像し、どうやって城を守り、攻めたのだろうと考えることも、城歩きの楽しみの一つです。

参考 児玉幸多・坪井清足監修『日本城郭大系 6』新人物往来社 1980