下溝堀之内

相模の城歩き

下溝堀之内は、北条氏政の弟氏照の娘の貞心が嫁入りした山中大炊助の屋敷跡と伝えられています。

下溝堀之内は、JR相模線 原当麻駅より、徒歩15分程度です。

地形図でみると、現在も四方を囲んだ堀の形がうっすら残っている様子がわかります。

地理院地図

東側は道保川が流れていますが、他の三方もかつて道保川が蛇行していた時に形成されたと考えられると『日本城郭大系』は述べています。つまり、川が形成した自然地形を堀として利用したもののようです。『大系』によれば、堀幅20-30m、比高5m前後とあり、比較的幅広であったことがわかります。
現在は開発が進み、堀の一部は道路となっていますが、堀の内外は、ほぼ住宅地となっています。

原当麻駅から堀之内を目指して進んでいたところ、住宅地を通る道が坂道となって下っていく場所がありました。下がったところが堀の跡でした。
Googleマップで「堀跡」と示されているあたりに、堀の痕跡がよく残っています。

堀の南側から西側にかけてなど、かつての堀の底を通る道路であっても、幅広の堀なので、両側に土塁による壁が迫ってくるわけではありません。他の城郭址の堀底道とは趣が異なります。
かつての堀の端に道路が通っているような箇所では、道路の片側の住宅が、反対側の住宅よりも明らかに高くなっていて、道路のある場所が、かつて堀だったと想像することができます。

また、坂の上下に住宅が立ち並ぶ場所では、それら土地の高低差から、かつて堀が存在したということを想像することができます。

堀の内側は、現在も、堀之内という地名が残っています。

このあたりには、広い敷地で敷地内に祠をまつっているような旧家が多く見られます。
『大系』は、貞心に従って下溝に来住したものの子孫と伝えられる家があることを述べているので、そのような家々が、現在でも多く残っているということなのでしょう。様々な歴史がそれぞれの旧家にあるのだと思います。

堀之内の東側に、貞心を祀った山中貞心神社があります。
今もこの地域で、貞心は大切に祀られているようです。ちょうど、地域の方があたりの掃除をされていました。

貞心が建立したと伝わる日之下地蔵尊もありました。
貞心はこの地域の歴史に大きく関わっているのです。

堀之内の南側は、「松原」(的原の訛り? と、『大系』は述べています)、北側には「新屋敷」という地名が残っています。

さらに、原当麻駅と堀之内の間にある天応院は、貞心により中興開基されたと伝わっています。

下溝堀之内は、遺構がはっきり残っているわけではありませんが、いたるところに堀の痕跡がうかがえ、さらに、貞心の従者の流れをくむと考えられる旧家や、貞心を現在も祀る神社などもあり、人々の中に、堀と屋敷のあった時代が現在も息づいているような感覚を持ちました。
住宅地を歩きながら、古い時代を感じることができる場所だと思います。

なお、南側から西側に抜ける堀跡を通る道路が、東の河岸段丘上段側から西の線路側への抜け道になっていて、このあたりの住宅街の中を通る道としては交通量があるので、注意が必要です。

参考 児玉幸多・坪井清足監修『日本城郭大系 6』新人物往来社 1980