海老名市杉久保に、中土合(なかどあい)という小字名があり、そこに、城山(じょうやま)と呼ばれる小丘があったと、『日本城郭大系』が紹介しています。
市道1号線が東名高速道路と交差するあたりに、「城山」(相鉄バスHPによれば読みは「しろやま」)というバス停があります。JR相模線・小田急線・相鉄線 海老名駅より、相鉄バス(綾31 農大前行)にのり、8分あまりです。
海老名市のこのあたりは、相模川沿いに広がる低地の東側に、台地が築く段丘崖が南北に続いている場所です。
東名高速道路はちょうど台地上に建設されていて、段丘崖の上に高速道路がかかっている様子を見ることができます。

高速道路より北側は段丘崖が続いている様子がうかがえるのですが、高速道路の南側は段丘崖と台地がなくなり、住宅地などに開発された平地が少し続きます。このあたりが中土合です。

『日本城郭大系』によれば、東名高速道路の採土によって「城山」の城地の大半が削られたとありますので、高速道路の南側は、昭和の時代の開発の中で、人工的に平坦になってしまった場所のようです。
おそらく、現在平坦になっている場所に「城山」と呼ばれる小丘があったということになります。
国土地理院がネット上で公開する「地理院地図」を用いて、東名高速道路工事前の「1961年〜1969年」の航空写真を見ると、現在はなくなってしまった小丘と思われる土地をみることができます。


地理院地図
位置としては、城山のバス停から南に進み、現在の「ローソン・スリーエフ海老名杉久保店」から北側のあたりです。
実際に現地を観察すると、ローソン・スリーエフから少し北の住宅地に入ったところに、わずかな土地の高まりが見られます。これが、「城山」という小丘の名残りだと思われます。

また、『日本城郭大系』で、この「城山」と縁があるとして紹介されている大貫氏の表札を掲げた家もこのあたりに見られ、そういうことからも、「城山」の歴史を感じさせてくれます。
この「城山」がいつどのようにして構築されたのかは不明であると『日本城郭大系』は述べています。
さて、相模川に平行に南北に連なる段丘崖は、高速道路より北側では、そのまま東側の台地に続いています。
それなのに、どうしてこの地では、東側の台地から離れ、独立した小丘となったのか、疑問に感じました。
このあたりの地形図をよく見ると、東名高速道路海老名SAの南側を西向きに流れる小川は、あたりの台地を削ってわずかな平地を作りながら、やがて南に方向を変えます。そして、ちょうど城山バス停とローソン・スリーエフの間で、向きを突然直角方向に西に変え、段丘崖の延長線上を通り越して、西側の流れに合流しているのです。
さらに、よく地形図を見てみると、先程の小川が突然西に向きを変えた地点以降も、かつては小川が南に続いていたことがあったかのように、台地が削られたようなやや低い平らな地形がそのまま南に続いています。

地理院地図
この「城山」という小丘は、相模川の低地に張り出した台地が、河川の侵食によって東に続く台地から切り離された場所であったと考えることができそうです。
東の台地から少し離れ、そこだけ高い地形であった場所だったからこそ、いつの時か、何らかの城として利用されたということかもしれません。その記憶が、「城山」という呼び名を、人々にもたらせたということなのでしょう。
今はなくなってしまった「城山」の面影を、探る旅になりました。
参考 児玉幸多・坪井清足監修『日本城郭大系 6』新人物往来社 1980

