海老名源八季定の三男有季は国分に住み、相模国分氏を称し、館跡は国分地区字中屋敷に推定されていると、『日本城郭大系』は述べています。
国分氏の館は、JR相模線・小田急線・相鉄線 海老名駅の東、相模国分寺跡の西側にあたります。
海老名駅の小田急線・相鉄線の東口側は、正面が中央公園となっていて、その周囲にビナウォーク (ViNAWALK) という複合商業施設が立ち並んでいます。
駅から続く自由通路を降りて中央公園を進み、やがて国分寺七重塔の縮小模型を通り過ぎたあたりで公園は終わり、南北に通る道に出ます。その道を左に曲がり、次の信号を右に曲がって少し行くと、「国分坂下北」の信号に出ます。
この交差点を渡って、正面ななめ右手に住宅街を通る細い坂道があるので、そこを上っていくと、国分氏の館があった台地上にでます。
国分市の館があった中屋敷という字名のあたりは、この坂の北側です。
現在は、住宅が立ち並んでいますが、台地上からは、海老名の平野部を一望できる見晴らしのいい場所です。
海老名駅がある場所は相模川沿いの低地上にあって、東側すぐに台地がせまっています。
相模国分寺はその台地上にあって、国分氏の館跡とされているのは、国分寺跡の西側、台地のへりのあたりです。

地理院地図
海老名市のあたりでは、この相模川沿いの平野部を望む台地のへりに、他にも武士の館跡があったことが伝えられています。
それぞれ台地のへりから西側の水田が広がる低地を見下ろすことができる、同じような立地の場所ということができます。
国分氏の館跡は、住宅地などに開発されているため、痕跡はほぼ残っていないようですが、他の台地のへりにあった館と同様に、西側の領地を見下ろすことのできるいい場所に作られていたことが想像できます。
また、近くには、相模国分寺跡、郷土資料館「海老名温故館」などもあるので、訪れるのにはいいと思います。
参考 児玉幸多・坪井清足監修『日本城郭大系 6』新人物往来社 1980

